リックとマモノのエサのノラ
四 マモノの寝床リックの推理はどうやら当たった。
リックは疲れてしまったので早くに休んだが、ケイシーとサイラスおじさんがマーティンじいさんやシド島調査隊に伝えてくれて、次の日にはシーフィシュ国の王様へ手紙を出した。手紙はリックのおじいさんが書いた。お母さんの辞書が役に立った。
シーフィシュ国の調査隊はなかなか見つからなかったけれど、シド島調査隊が結成されてから六日目、ついに、川のほとりでたき火をしているところを捕まえた。とはいえあちらも冒険慣れしている、シド島調査隊なんか怖くない。つかみ合いの大げんかになりかけたとき、おじいさんの手紙を読んだ王様からの使いが到着して、十人のマモノ使いはあえなく御用となった。かわいそうに、大人たちのけんかが怖かったようで、バーツは半泣きで帰ってきた。
シーフィシュ国の調査隊は王様の使いから厳しく注意されていた。なにを話していたかはわからないものの、調査隊の女の人がギャンギャンと騒ぎ、ほかの人も憮然として口をとがらせ、あれやこれやと言い返す。しかし王様の使いはお構いなし、顔色一つ変えず、最終的には強引に、乗ってきた船に十人を押しこんだ。
十人はまだなにか言いたげにしていたけれど、見るからに強そうな、逞しい体つきの船乗りたちがギロリと睨むと、悔しそうに口をつぐんだ。村人たちは遠巻きにしながら、不愉快そうに顔をしかめたり、クスクス笑ったりした。
リックもそんな村人に紛れてやりとりを見守っていたのだけれど、なんだか、なにかがおかしい。首をかしげるリックに、ビル兄さんが連中を嘲って耳打ちする。
「へ、へ、あいつら、笑えるぜ。あんなに偉そうにしていたのに、もうマモノ使いじゃないんだ」
「あ、本当だ!」
よく見ると、来たときはぞろぞろ引き連れていたマモノが一匹もいない。ボビー・ベル卿のことを思い出す、とつぜんマモノが離れてしまうなんて、本当にあるんだ! ビル兄さんは笑うけど、リックはゾッとした。
一行の対応が一段落すると、王様の使いが挨拶と話し合いを求めてきた。
王様の使いは、サイラスおじさんと同じくらいの年ごろの、だけどとてもかっこいいおじさんだった。黒い髪とひげは短く整えられ、目元はきりっと凛々しい。背筋がスッと伸び、低い声は優しくよく響く。ケイシーが、すてきだわ、とほおを赤く染めていた。
使いはエドワードと名乗った。彼もまたマモノ使いだという。しかし見たところ、マモノは連れていない。
ほとんどの村人が集まる前で、エドワード卿は王様から預かった手紙を流ちょうなカウミル語で読み上げた。内容は、王様がじきじきに来られないことのお詫び、調査隊が働いた無礼の謝罪と、かけた迷惑のぶんの償いについてだった。
「調査隊には本国で罰を受けさせます。代わりと言ってはなんですが、ときどき村に来ては荒らしていくという森のマモノを、わたしが退治してみせましょう」
「そんなこと、できるの?」
リックが思わず叫んだ。おじいさんが、こら、とたしなめる。失礼なことを言ってしまった、リックはしゅんとうなだれた。
しかしエドワード卿は気を悪くしたようすもなく、もちろん、とほほ笑んだ。
「きみがリックくんかな。手紙に書いてあったよ、シド島唯一のマモノ使いだそうだね」
「うん‥‥あ、あの、そうです」
「そうか、でも、うーん。きみはマモノとのつきあいかたを知らないみたいだ。よし、わたしといっしょに、森のマモノ使いを捕まえよう。そうすれば、どうすればきみのマモノが強くなるか、どうすれば強いマモノと戦えるようになるか、きっとわかるさ」
いいなあ、とケイシーが叫んだ。おじいさんやマーティンじいさんは、それがいい、よかったな、とリックの背中を叩いた。たしかにそうだ、リックはずっと、マモノ使いと話がしたいと思っていた。
だけど当のリックは半信半疑だ。
「でも、エドワードさんは、マモノを連れていないじゃないですか」
リックが言うと、エドワード卿は一瞬、目を丸くした。それからすぐににんまりと細め、もったいぶって答えた。
「いいや、いるとも、ここにね」
言いながらぽんぽんと、けさがけにした革のベルトを叩く。ベルトには三つ、ポケットというより箱のような、四角い物入れが並んでいる。エドワード卿がそのうちの一つを開けると、小指の爪ほどのマモノがぼろぼろとあふれ出てきた。
村人たちが一斉に、ワッと声を上げた。
「大きくなれ」
低く響く美しい声に応えるように、マモノがぐぐぐっと膨らむ。小さくてリックの膝くらい、一番大きいものでケイシーと同じくらいにまで大きくなった。大人は驚いて叫び、子どもたちは怖がって、泣き出す子もいた。
「おっと、失礼! 戻れ!」
慌ててエドワード卿が言うと、マモノたちはきゅううとしぼんで、また小さくなった。そしてすぐにマモノたちを集め、物入れに戻す。すっかり集め終わると、エドワード卿は申し訳なさそうに頭を下げた。
「怖がらせるつもりじゃなかったんです、すみません――さて、どうかな、リックくん」
言いながらリックに向き直って、しかしエドワード卿はすぐに悟った。リックの目はキラキラと輝き、まっすぐにエドワード卿を見つめていた。
エドワード卿がニッコリとうなずく。
「うん。ではさっそく、準備に取りかかろうか」
二人はいったん、リックの家へ向かった。森のマモノ使いを探すなら森か山へ行かないとと言うと、エドワード卿はピッと人差し指を立て、いたずらっぽく笑って答えた。
「森のマモノ使いを捕まえるなんてちょちょいのちょいさ。あっというま過ぎて、きみになにも教えられずに終わってしまう。だから予習をするのさ」
そしてリックに、なんでもいいから三つ、持ち運べる大きさの入れ物を用意するようにと言った。リックはすぐに理解した、マモノの入れ物だ。
だけどどうして三つなのだろう? ふしぎに思いながらも、ペン、クレヨン、はさみやのりを入れていた箱をひっくり返して集めた。もともとはお菓子が入っていて、あんまりきれいだったから、お母さんにねだってもらったのだ。何年も使ってずいぶん汚れてしまった、クレヨンを入れていた箱などひどいものだけど、まだ穴は空いていない。
箱を持ってエドワード卿のところへ戻る。卿は、箱の蓋を開けて、マモノたちの前に並べなさい、と言った。そのとおりにすると、マモノたちは箱の周りをしばらくグルグルと回り、やがて三つに分かれて箱に入っていった。
「これでチーム分けができたよ」
「チーム?」
「実は、マモノには三種類いるんだよ」
エドワード卿が指を三本立てる。
「一つ目、シングル。命令を一つしか覚えられないけど、一番力が強い。二つ目、ダブル。命令を二つ覚えられるけど、一つ目より力が弱い。三つ目、トリプル。命令を三つ覚えられるけど、一番力が弱い――だいたい、シングルの半分くらいかな。この三種類だ」
マモノにそんな違いがあったなんて! 初めて聞く知識に、リックは目をぱちくりさせた。
「おもしろいことにね、こうやって三つの入れ物――わたしたちはマモノの寝床と呼んでいるがね、寝床を用意してやると、彼らは勝手に、種類ごとに分かれて入るんだ。なかではぐっすりよく眠る。狭くて暗いところが、マモノは大好きだからね。
マモノを連れて移動するときは、寝床に入れてやったほうがいい。歩かせるとマモノが疲れて、結局自分が余分に疲れてしまうことになるからね」
「ぜんぜん知らなかった、そんなの、どの本にも書いていなかったです」
「しかたないさ、この島にはきみしかマモノ使いがいないし、この習性がわかったのもほんの数年前だ。我が国のマモノ使いのなかにも未だに知らない者はいる」
「あー‥‥あの、王家直属の調査隊さんたちも、ですか? あの人たち、マモノの寝床らしいものは持っていないみたいでした」
ふと思い出して質問すると、エドワード卿は悲しそうに首を振った。
「いいや、彼らは知っているよ。知っているけど、わざとマモノを歩かせるんだ。そうしたら一目でマモノ使いとわかるからね。羨望、あるいは畏敬のまなざしを向けられることがうれしいそうだよ。わたしには理解できない」
「でも、それでもマモノにエサをあげられるんだから、よっぽど元気なんですね。羨ましいなあ‥‥もう、マモノ使いじゃなくなったみたいだけど」
「ああ――彼らのやりかたはちょっととくべつで――遅かれ早かれ――いや、この話はよそう」
言葉を濁す。聞いてはいけないことだったのだろうか、わからないけれど、リックは小さくうなずいた。
仕切り直しに、エドワード卿が咳払いをする。
「よし、では出発しよう。探しものをするときはダブルとトリプルを使うといい。命令はこうだ。
ダブルは、マモノ使いを探せ、見つけたらこっそり尾行しろ。
トリプルは、マモノ使いを探せ、見つけたらわたしに報告しろ、わたしをマモノ使いの元へ案内しろ」
家を出ると、村中の人たちが待ち構えていた。マモノ使いの活躍を一目見ようと、仕事もほったらかして集まったらしい。さっきまでマモノを怖がっていた人も、普段はリックのことをバカにしている人たちもいた。みんな興味津々だ。エドワード卿とリックが森へ向かうと、少し距離を取りつつも、ぞろぞろとついてくる。まるでマモノみたいだ、とリックはおかしかった。
森の入口に来ると、エドワード卿はマモノの寝床を二つ開けて、マモノを出した。リックにはどちらがどちらか見分けがつかないが、ダブルとトリプルだろう。先ほど言っていたとおりの命令を卿が出すと、マモノたちは一目散に駆けだし、森へ消えていった。
リックのマモノは鞄のなかだ。
「ぼくのマモノも出したほうがいいですか」
「いいや、大丈夫。でももしものときのために、すぐに出せるようにしておきなさい」
ここで待っているのもなんだから、と村人たちに見送られて森へ入る。短い時間ながら、エドワード卿はいろいろな話をしてくれた。たとえば、なぜこんなにカウミル語が上手なのか、だ。
「実は、生まれ育ちはカウミル国なんだ。八歳のときにマモノ使いになって、十三歳のときに旅に出た。まずは母国をぐるりと回って、次はタキクク国。レア島、ミディアム島と小さな順に巡って、ファム本島に着いた。レア島はもう一度行きたいなあ、古い要塞やきれいな花畑があって、とてもいい景色なんだ。ほかにはなんにもないけどね。
でもシーフィシュ国に入ったときに戦争が始まったんだ。そのせいでほかの国へは行けなくなってしまってね。マモノ使いだからと戦争に行かされるところだったんだけど、家族がいる母国とも、親切にしてくれたタキクク国とも、戦いたくはなかった。
それで、シーフィシュ国の王様にお願いしたんだ。わたしはカウミル語もタキクク語も話せます、きっとお役に立ちますから、王様の家来にしてくださいってね。そうしたら戦場に出なくても済むと考えたんだ。
いきなり来たよそ者がこんなことを言ってもふつうは疑うものだけど、王様は信用してくださった。他国との話し合いでは通訳として、普段も王様の護衛として――自分で言うのもなんだが、ずいぶん活躍した。戦争終結の一翼をも担えたと思っている。
しかし誤算があってね――王様がわたしのことを気に入ってくださって、そのあまり、正式に王様の側近になってしまったんだ。とても名誉なことだけど、もう自由に旅はできない。でも自分の目的は果たしたから家来をやめますなんて筋が通らないだろう? なんとか頼みこんで、せめてと、国外へのお使いはわたしに任せていただいてるんだ。
長くなったけどそういうわけさ――おっと、トリプルが帰ってきたね」
見ると、エドワード卿のマモノがキイキイと鳴いていた。ここからは慎重に、と卿が人差し指を立てる。黙ってうなずき、二人は静かに、マモノのあとについていった。