リックとマモノのエサのノラ
まえがき島とは四方を水に囲まれた、大陸よりも小さな陸地のことだ。なにを当たり前のことをと思うかもしれない、けれどこれはとてもとくべつで、とてもすてきなことだ。大陸から切り離されているから生きものの行き来が乏しく、特有の生態系ができあがっていることは珍しくない。ほかでは見られない動物や、大陸では絶滅してしまった昔々の植物が、とある島では元気に過ごしている、なんてこともままある。
東南の海に浮かぶ大小五つからなるファム群島にも、そんな生きものがいる。昔から、ほ乳類とも、鳥とも、虫とも違う、ふしぎな生きものが暮らしている。
どうふしぎかというと、まずは見た目だ。単一電池に長い手と申し訳程度の足をつけたような体躯で、色は凍らせたゼリーのように白く、しかし縁は半透明に透けている。目と口らしきものがあるが、表情はいつも変わらない。触るとひんやりと冷たい。
マシュマロのように柔らかく、グミのようにがんじょう、そして非常に力持ちだ。うっかり踏んでしまってもけが一つしないし、それどころか踏んだ人をひっくり返してしまうこともある。
彼らが大きくなるためにはたくさんのエサが必要だけれど、生き延びるだけなら少しでいい。一度大きくなれば、その大きさまでなら、いくらでも小さくなったり大きくなったりできる。
そして彼らは、夜になると増える。水辺だとか、岩場だとか、それぞれが好む場所で一晩そっとしておいてやると、どうやら増えるらしい。らしいというのは、だれかがちょっと覗いていると、ぜったいに増えない。だからだれも見たことがない、本当のことはだれも知らないのだ。どうやって増えるのか、つまり出産しているのか分裂しているのかすら、わかっていない。殻は見つかっていないから、少なくとも卵ではないだろう。
そんな彼らだけどあまり賢くはなくて、だれかが助けてやらないと、エサを食べられずに死んでしまう。だから彼らは、自分たちを助けてくれる存在をいつも探していて、見つけると、懐いて従順に仕えた。見返りにエサをもらうというわけだ。
その実、彼らのエサがなんなのかは、ずいぶん長いこと謎だった。彼らは、野菜も、果物も、パンも、肉も、水すらも口にしない。だから昔の人は、なぜ彼らが自分たちに付き従うのか、なぜ彼らが死んでしまうのか、わからないでいた。だのにときどきはとつぜん増える。あまりにふしぎなものだから、魔法の力で生きる、魔法の生きものだと考えられていた。
今はもうわかっている。だれかの元気だ。彼らに食べられてしまうと、食べられたほうはとっても疲れてしまう。だけど心配はいらない、たくさん食べて、ゆっくり寝て、いっぱい笑えば、また元気になる。だれもが持っていて、だれもが自分の体のうちで育んでいる力が、彼らには作れなかったし、必要だったのだ。
エサがわからなかったときの名残で、彼らは「マモノ」と呼ばれている。
エサがわかっても、まだまだ謎は多い。たとえば、マモノはだれにでも懐くわけではない。おそらく、なんらかのルールがあり、それに則って選んでいるのだろうと考えられているが、どんなルールなのかはまったく不明だ。一つ言えることは、マモノに懐かれる人は幼いころからマモノを引き連れている。子どものうちにマモノが懐かなければ、その人にはもう懐かない。
反対に、子どものうちはマモノがついてきたのに、大人になったらどこかへ行ってしまった、という人もいる。マモノのルールから外れてしまったのだろうけれど、やはり理由はわからない。シーフィシュ国のボビー・ベル卿がそうで、かつては神童と呼ばれていたのに、マモノ使いは廃業、今やひねくれて酒浸り、体を壊して見る影もない。
話があとさきになってしまったけれど、ファム群島の人々は、マモノを利用することにした。マモノに選ばれた人はマモノを指揮し、各地で活躍した。
その人たちを、マモノ使いと呼んだ。