リックとマモノのエサのノラ
三 異国の調査隊それから少し経ったある日、シド島に、立派な身なりの人たちが十人ほどやってきた。全員マモノを連れていて、女の人も、リックと同じくらいの子どももいる。シド島では、最も近いカウミル国の言葉をよく使うのだけど、島の人たちにはわからない言葉で会話をしていた。
どこかの国の人たちがシド島を訪ねてくることは珍しくない。シド島はまだ未開の地が多いし、マモノもいる。研究者やマモノ使いにとっては魅力的な土地なのだ。
マモノ使いたちのなかに一人、島の言葉を話せる人がいて、マーティンじいさんのところへ挨拶をしに来た。いっしょに話を聞こうと、暇な村人たちもマーティンじいさんの家へ向かった。リックもだ。シド島にいては、リックがほかのマモノ使いと会う機会なんてそうそうない。少し話をできたらなあ、と期待した。
しかし残念ながらリックの願いは叶わなかった。マモノ使い一行はシド島に来た理由だけ告げると、村人たちが集まる前に、さっさと森へ入ってしまった。
どうだったとわくわくしながら尋ねる村人たちに、マーティンじいさんは気色ばんで答えた。
「マモノの調査と捕獲に来たらしい、仲間を増やしたいんだそうだ――だけどいやな連中だったよ、宿はいるか、食事はどうかと尋ねたら、そんなものはいらないと居丈高に返されたよ」
マモノ使いたちはシーフィシュ国から来た、王家直属の調査隊だという。あんなのが王家直属だなんて、ましてや調査隊として国外に出すだなんて、シーフィシュ国は恥というものを知らんのか、とマーティンじいさんはますます怒った。話を聞いた村人たちも、マーティンじいさんがここまで怒るなら相当ひどいんだろう、と顔をしかめた。
リックはガッカリした。三国ではマモノ使いは立派な職業だと聞いていたのに、森のマモノ使いと同じなのだろうか、マモノ使いは実はいやな人たちなのだろうか、と悲しくなった。
いやな人たちのことなど忘れてしまうに限る。その日は森のマモノがまた現れて暴れたので、調査隊のことはすぐにみんなの頭から消えてしまった。
とはいえ忘れたつもりでも、きっかけがあれば思い出すものだ。
調査隊が森に入ってから、村には毎日森のマモノがやって来た。森のマモノが出てくるのは一、二ヶ月に一回程度で、連日出てくることはなかった。たまたまだ、気のせいだと考えようとしても、やっぱりおかしい。五日経ったとき、ついにブルーノおじさんが、ようすを見てこようと言い出した。
「こうも毎日出てこられちゃ、畑仕事どころか、散歩すら怖くて出られない。マモノをよこす犯人も憎たらしいが、藪をつついて蛇を出しておきながら顔も見せない調査隊には、早々にお引き取り願おうじゃないか」
この演説に村人は拍手で賛成した。さっそく有志を募り、調査隊を調査する『シド島調査隊』を結成した。メンバーは、ブルーノおじさん、トミーおじさん、ランディーおじさん、ジェフおじさん、ビル兄さん、それからバーツだ。本当なら子どもはダメなのだけど、お父さんがいっしょだからととくべつに許可された。
リックは留守番だ。相手もマモノ使い、リックがいればなにかと心強いが、マモノは疲れると元気をいつもより食べるようになる、そうするとリックはいつもより疲れてしまう。毎日現れる森のマモノのせいで、リックはぐったりしていた。
実はこれも、ブルーノおじさんが怒った理由の一つだ。村にマモノ使いが一人しかいないなんて調査隊は知るよしもないだろうけれど、逆に言えば、そんなことも知らずにやってきて、村人たちを苦しめているのだ。
準備を整え、シド島調査隊は昼前に出発した。おじさんたちはみんな真剣な面持ちだったけれど、バーツは見るからに楽しそうだった。
勉強ばかりしていては肩が凝る、マモノ退治のために英気を養わなくてはいけない。かといって昼間から寝てしまうのはつまらない、たまにはゆっくり本を読もう。リックは『惑星調査隊 ノラの物語』を開いた。何度も読んだけれど、何度読んでもおもしろい。
ノラの生まれたジャラッシー星では惑星旅行が盛んだ。天体スコープを覗いては新しい星を探し、われ先と旅に出る。だけどそのすべてが安全な星とは限らない、旅に出たまま帰らない人もたくさんいた。
そこでみんなで話し合い、ルールを作った。新しい星を見つけたら、『惑星管理センター』に報告すること。新しい星にはまず『惑星調査隊』が行くこと。安全とわかった星のみ、旅をしていいこと。
ノラが調査隊を志したのは、新しい星へ一番に行ってみたいと思ったからだ。ノラの家は貧乏で、お父さんとお母さんはもちろん、ノラも牛乳配達をしてお金を稼がなくてはいけなかった。それだけじゃない、料理や掃除、弟と妹の世話もノラの仕事だ。当然、惑星旅行なんて一度も行ったことがない。そんなノラが新しい星に一番乗りするなんて、想像するだけでワクワクした。
調査隊に入るには勉強も運動も人一倍できなくてはいけない。ノラは星が好きなだけのふつうの子どもだったから、努力は人一倍どころか人三倍もした。だけど試験には二回連続で落ちて――くじけそうになったノラを励ました先生のセリフが、以前、リックがバーツにかけた言葉だ。
奮起したノラが三回目でやっと合格したとき、リックは自分のことのように喜んだ。先生の言ったとおりだ、今すぐには無理でも、毎日こつこつとがんばれば、いつかきっと報われる日が来る。ノラはそれを証明してくれた。リックが翻訳の勉強をいやにならないのは、きっとノラのおかげだ。
さて、無事に調査隊員になったノラは、いよいよ未開の星に出発する。隊長のフーゴ、副隊長のルイーズ、先輩隊員のソラ、レオ、タンタン、そしてノラを乗せた調査艇は、小さな白い星に降り立つ。初めての星に、ノラは大興奮だ。
大はしゃぎで調査艇を飛び出そうとするノラの首根っこを捕まえて、フーゴ隊長は髪の毛を逆立てて怒鳴った。
「安全かどうかもわからないのに、いきなり飛び出すやつがあるか!」
もっともだ。この星には、ジャラッシー星の人はだれも来たことがない、だれもこの星のことを知らない。まっ白でなんにもないように見えるけれど、もしかしたら毒ガスが充満しているかもしれないし、もしかしたら危険な生きものが飛び出してくるかもしれない。一歩踏み出したとたんにけがをしても、ドアを開けた瞬間に死んでしまっても、なにもおかしくはない。
調査隊の使命は、安全かどうかを調べること。旅行ではないのだ、油断は禁物。罰としてこの星では調査艇で留守番するようにと言い渡された。ガッカリしたけれどしかたがない、ノラは自分の軽率さを反省した。
しかし人間万事塞翁が馬。調査艇で留守番をして、三時間。ルイーズ副隊長から無線が入ったのだ。
「すぐに惑星管理センターへ連絡をして。それからいつでも出発できるように準備をしてください。この星は危険です!」
無線はすぐに切れた。ノラは急いで連絡をし、準備を整えた。あとはみんなの帰りを待って出発だ。だけど一人も帰ってこない。無線で連絡を取ろうとしてもだれも応答してくれない。
管理センターの管理官からは、すぐに帰ってくるようにと返事があった。みんなが戻ったらすぐに出ますと答えたが、なぜ、どうして危険なのかがわからない以上、被害を最小限に抑えるためにも、帰りを待たずにすぐに飛び立てと命令された。
「一人で帰るなんてできません、みんなの帰りを信じて死んだほうがましです」
「いいえ。隊員の命はもちろん大事ですが、その調査艇も、貴重な財産なのです」
「調査艇は技術とお金があれば造れますが、失われた命をよみがえらせることはできません!」
「新しい星で命に関わるトラブルが発生したときは速やかにその星を離脱すること、外出中の隊員の無事が確認できない場合、自力での帰還が望めない場合は、生存者と調査艇の安全確保を優先する。それがルールです。今のあなたの最大の使命は、調査艇とともに、無事にジャラッシー星へ帰ることです」
にべもなく言い放つ管理官に、ノラは愕然とした。惑星調査は危険を伴う仕事だとはわかっていた。任務中に命を落とす隊員だっている。常に慎重、常に冷静に判断しなくてはいけない。
ノラにはそれができなかった。だから罰として留守番をしていた。そのノラだけが生き残るなんて理不尽だ。
三〇分以内に出発してください、と管理官は言った。ノラは、はい、と答えた。そして無線を切り、宇宙服を着て、調査艇を飛び出したのだった。
白い星は本当に小さな星だったから、隊員はすぐに見つかった。ノラはびっくり驚いた。まっ白な木の根元で、ヘルメットを外し、五人揃ってぐっすり眠りこけていたのだから。
ノラはフーゴ隊長を揺すってみた。
「隊長、隊長、起きてください! すぐにジャラッシー星へ帰りましょう」
次にルイーズ副隊長を叩いてみた。
「副隊長、副隊長、起きてください! 出発の準備ができました」
順番にソラ隊員、レオ隊員、タンタン隊員にも怒鳴ってみた。
「先輩、先輩、起きてください! おうちの、柔らかいベッドで寝ましょうよ」
だけどみんないびきをかき続ける。いったいなにがあったのかとよくよく観察してみれば、みんなの鞄が大きく膨らんでいる。開けると、卵のような白い実がたっぷり詰まっており、見上げると、白い木には同じ形の、まだ小さな実がたくさんぶら下がっていた。研究用に採取したのだろう。
でもなぜみんなが眠っているのかはわからない。しかたなく一人ずつ引きずって調査艇へ戻ろうとしたところ、とつぜん、白い、大きななにかに邪魔をされた。
蛇だ!
ノラの五倍はあろうかという大きな蛇がシューシューとうなり、鼻からは煙のように白い息を吹き出している。甘い匂いがする、毒ガスだろうか?
ぎらぎらと光る目で睨まれ、ノラは立ちすくんだ。なるほど、この星は危険だ、早く撤退しよう。だけど蛇の長いからだが逃げ道を塞いでしまって、逃げることも叶わない。蛇は怒っているようだ。
ノラは叫んだ。
「とつぜんお邪魔して、驚かせてしまいました。ごめんなさい。わたしたち、すぐに帰ります。どうしたら許してくれますか?」
シド島調査隊が出発してからすぐ、また森のマモノが出てきた。早く早くとケイシーが駆けてきたけれど、現場に到着してみれば、森のマモノは帰ったあとだった。サイラスおじさんは首をかしげつつ、マモノが掘り返した畑を元通りに直していた。
「今日はニンジンを三本、引っこ抜いていったよ。いつもなら手当たり次第に掘り返していくのになあ」
森のマモノも疲れているのかもね、と薄く笑う。そうかもしれない、連日マモノをよこしているんだから。でももしそうなら、疲れているのにどうしてマモノをよこすんだろう?
あっ、とひらめいた。
「もしかして、シーフィシュ国の調査隊は、食べものを森で集めているんじゃないかな」
「どういうこと、リック?」
ケイシーが尋ねた。リックはゆっくり、自分の考えを説明する。
「シーフィシュ国の調査隊は十人くらいいて、みんながマモノ使いだった。あの人たち全員がマモノに頼んで森の食べものを集めてしまったら、森のマモノ使いのぶんがなくなってしまうよ。だからしかたなく、村へ取りに来させているんじゃないかな」
「なるほど!」
ケイシーとサイラスおじさんが同時にひざを打った。
「シド島調査隊にも教えたほうがいいんじゃないかしら、お父さん」
「そうだなあ。マーティンじいさんにも伝えておこう、シーフィシュ国にはきちんと抗議したほうがいい。でも‥‥」
サイラスおじさんが、うーん、と考えこむ。
「リックの推理どおりだとして、森の食べものを持って行かれてしまったら、とうぶんは森のマモノが村に来るってことだな。困ったなあ」
シド島はどこの国でもない。それを、なにをしてもいい島だと勘違いしている人がいるんだよと、いつかおじいさんが言っていた。シーフィシュ国の調査隊もそういう人なんだろう。
森のマモノの謎が少し解けたのはうれしいけれど、リックは、マモノ使いにますます失望してしまった。
大蛇は答えた。
「ここはわたしの畑です。その実は大事な作物です。返してください」